被災者がかかりやすい病気(感染症)
東日本大震災では、本学の医師や看護師も被災地で医療支援をさせていただいております。その経験を踏まえて、被災地でかかりやすい病気、とくに感染症について概説いたします。
咳と発熱がみられる病気
■肺炎
咳や発熱といえば一番多いのが「かぜ」ですが、色のついた痰や呼吸困難を伴う場合は肺炎であることがありますので、症状が長引く場合には医師の診察を受けることが重要です。とくに高齢者では発熱や咳、呼吸困難といった典型的な症状が出づらく、食欲不振や何となく元気がない、といった場合に肺炎であることがあるので注意してください。
■マイコプラズマ肺炎
中学生から60歳くらいまでの、比較的免疫機能がある成人に発症しやすい肺炎です。先に述べた肺炎の中でも、とくにマイコプラズマ肺炎は痰を伴わず咳が激しく、家族内感染を起こしやすいので別に述べました。
■百日咳
長引くかぜ症状の後に1カ月以上続く激しい咳を特徴とします。小児感染症として感染しやすいことが知られていましたが、最近は成人でも発症がみられています。被災地での流行が考えられる感染症の一つですので、長引く咳がみられた時には、必ず医師の診察を受けてください。
かゆみや湿疹がみられる病気
■疥癬(かいせん)
下着や寝具で媒介したダニが皮膚に侵入するものです。わきの下や股間、腹部に赤く丸い湿疹が多数出て、強いかゆみを伴います。対処としては、下着や寝具の50℃、10分の加熱消毒を行います。ときに犬などのペットからうつることもあるので、注意が必要です。
■とびひ(伝染性膿痂疹)
もともと自分の皮膚に付着している黄色ブドウ球菌やA群溶連菌による感染症です。小児に多く、水ぶくれが破れて膿(うみ)がつき、その後かさぶたになります。かさぶたが出来るまでの時期、簡単にガーゼなどで保護していれば他の子どもにうつることはありません。一般には消毒で対処しますが、全身に広がるなど、必要な場合は、医師の診断の上、治療します。
■ツツガムシ病
草むらなどに生息するダニの一種であるツツガムシが皮膚を刺した際に、ツツガムシの体内にあるリケッチアという微生物がヒトに感染することによって発症する感染症です。ツツガムシはこのリケッチアで発症することはありませんが、ヒトは発熱、全身の赤い湿疹で発症します。潜伏期間は1〜2週間です。わきの下やももなどの比較的柔らかい部分に黒い刺し口が確認されることによって診断されますので、このような症状が出た場合は、すぐに医師の診察を受けてください。
おう吐や下痢がみられる病気
■ウイルス性腸炎
ウイルス性腸炎は、いわゆる「感染性腸炎」で、その原因はノロウイルスやロタウイルスによります。1〜3日間の潜伏期ののちにおう吐、下痢、発熱にて発症します。大変流行しやすく、アルコール消毒が効きませんので、吐しゃ物などの処置には次亜塩素酸製剤(「ハイターR」)で消毒します。一般には冬季に流行することが知られていますが、気温の上昇によって発生しないわけではありません。一般に十分な水分摂取のみで数日で回復しますが、衰弱した高齢者などでは死亡することもあるので、念のため医師の診察を受けてください。
■食中毒(O-157、ブドウ球菌感染症など)
気温が上昇する季節では、黄色ブドウ球菌、病原性大腸菌、サルモネラ菌、腸炎ビブリオ菌などによる食中毒が流行します。食中毒の原因菌は手を介して食物に付きますので、おにぎりを作るときは、炊飯器から直接ごはんを手に取るようなことはせず、必ずしゃもじなどを使って取り出して、清潔なビニール手袋を付けてください。ビニール手袋が不足しているときは、必ず手に広げたラップを用います。また、加熱できる食材はきちんと火を通します。包丁やまな板も十分に消毒しましょう。ただし、黄色ブドウ球菌は調理者の手や調理器具を媒介し、耐熱性毒素をもって発症しますので、調理前には十分に手指を洗浄することが重要です。
食中毒に関しては表を参考にして、医師の指示に従ってください。
表 主な食中毒の原因とその特徴
| 原因 | 潜伏期 | 症状など | |
|---|---|---|---|
| 黄色ブドウ球菌 | 調理者の手など | 3時間 | おう吐、下痢など |
| 腸炎ビブリオ菌 | 魚介類の生食など | 5〜20時間 | 下痢、腹痛、おう吐 |
| ウエルシュ菌 | 食前不加熱 | 8〜22時間 | 下痢、腹痛 |
| 病原性大腸菌 | 牛肉など | 24〜72時間以上 | 血便、腹痛、腎障害など |
| カンピロバクター | 鶏肉など | 1〜10日 | 下痢、発熱 |
| サルモネラ菌 | 鶏卵、肉類 | 半日〜3日 | 粘血便、発熱 |
瓦礫撤去作業のケガで注意すべき病気
■傷口の細菌感染症
瓦礫撤去作業におけるケガに関連して、黄色ブドウ球菌などによる傷口からの感染が発生することがあります。基本的には局所の消毒処置で十分ですが、医師の判断で抗菌薬を用いることもあります。現場で作業にあたる場合には、くれぐれも軍手などの手袋あるいは長袖・長ズボン、底が厚い作業用靴の着用をお勧めします。
■破傷風
土壌による汚染や異物が混入した傷口から破傷風菌が混入すると、菌は局所に留まりますが、その毒素が全身の筋肉に取り込まれ、3〜28日間の潜伏期間を経て「口が開かない」「食べ物が飲み込みづらい」「ろれつが回らない」などの症状が出ます。次第に呼吸困難や弓なりになってけいれんするなどの激烈な症状に進行し、治療が遅れると死に至る病気です。汚染がひどい傷の場合は医師による処置が必要ですので、急ぎ医療機関を受診してください。
■ガス壊疽(えそ)
やはり、汚染された傷口から入ったウエルシュ菌が十分に消毒されないまま傷がふさがると、7〜15時間以上経過の後に局所にガスを発生しながら増殖します。結果、局所に激しい痛みや発熱、むくみ、悪臭が発生します。進行すると毒素により筋肉が破壊され血圧が維持できない、いわゆるショック状態となります。ウエルシュ菌は、傷口の壊死(えし)や血流不全などで酸素不足(嫌気状態)となると発育しやすくなります。傷を負ってからのガス壊疽の発生は8時間から20日間と潜伏期間が幅広いので注意が必要です。先に述べた破傷風菌との混合感染も珍しくはありません。気づいたら、すぐに医療機関の救急部門や外科、整形外科を受診してください。
- 杏林大学保健学部看護学科・杏林大学医学部付属病院感染症科 教授小林治(こばやしおさむ)
- 医学博士。1990年、杏林大学医学部卒業後、コペンハーゲン大学付属王立病院臨床微生物学教室留学、杏林大学医学部感染症学講師、杏林大学医学部総合診療学講師を経て、現職。専門は感染症学で、得意分野は、インフルエンザ、細菌バイオフィルム、感染制御など。日本内科学会(認定内科医)、日本感染症学会(指導医、専門医、評議員、学会誌編集委員、JAID/JSC感染症治療ガイドワーキンググループ委員)、日本呼吸器学会(専門医)など。

